童話



  アルミかん太とカネタタキ


 アルミかん太は大威張りだった。

「僕のこの素敵な体を見てくれたまえ。ピカピカと光り輝いて、なんて美しいのだろう。もともと軽い体なのに、幾らでも薄くできるから、羽のように軽くなれるんだ。
 それにおなかの中に入れて貰っているジュ−スだって大人のビ−ルだって、いつまでも美味しくて、どんなに味にうるさい人間だって僕のおなかの飲物は気にいるってことさ。

 ビンだって?。重たいだけじゃないか。それに落とせば割れてしまうだろう。
 スチ−ル缶はもっと駄目さ、きちんとペイントしておいてもさびるんだもの。僕を見てくれよ。こんなに薄くても丈夫で、落としても壊れないし、第一、僕は絶対にさびないんだから」

 自動販売機の中では、アルミかん太の自慢話をスタミナドリンクのビン子や、スチ−ル缶の鉄缶さんはおとなしく聞いていた。どうせみんな、すぐに買われて離れ離れになってしまうのだし、ここで喧嘩をして、嫌な思い出を残したまま別れるのがいやだったから。

 自動販売機の置かれている鶴見山の頂上は、ちょうどミヤマキリシマの満開のころだった。ビン子たちが思ったとうり、自動販売機の中味は次ぎ次ぎに買われて、アルミかん太もビン子や鉄缶さんと一緒に子供たちに買われていった。自動販売機の直ぐ横には大きな屑かごが四つ置いてあって、それぞれ「燃えるごみ」「アルミ缶」「スチ−ル缶」「ビン類」と書いてあった。鶴見山に遊びに来た人たちは皆、ごみやあき缶を自分で持って帰るか、この屑かごにきちんと分けて捨てていくことになっている。

 アルミかん太は安心していた。この子供たちがアルミかん太のおなかの中のジュ−スを飲み終わったら、あの屑かごに入れてもらう。やがてトラックで生れ故郷の工場へ連れて帰ってくれる。そうして他の大勢の仲間と一緒に炉にいれられて、元のピカピカのアルミ缶に生まれ変わって、またおなかの中に人間たちの好きな飲物をいれて貰えるのだ。

「今度は何だろう、ビ−ルかも知れないな、またジュ−スだといいな。子供たちに買ってもらいたいものな」

そんなことをアルミかん太は考えていた。

 ところが・・・・。アルミかん太は思いっきり、空高く投げ上げられ、鶴見山の裏側の境川の崖の方へ落ちてしまった。アルミかん太たちを自動販売機から買っていった子供たちは、ジュ−スやドリンクを飲み終わると、誰が一番遠くまで投げられるか競争する遊びを始め、廻りの人が気付いて止めた時には、アルミかん太はもう空を舞っていたのだ。

 空になったアルミかん太は軽いのであまり遠くには飛んでいかず、境川の崖の上の方に生えていたミヤマキリシマの満開の枝の上に止まった。

「何ていたずらな子供たちだろう。困ったことになったぞ。これでは工場へ帰れない。生まれ変わって新しい飲物を、おなかに入れてもらうこともできやしない」

 たったひとり崖っぷちのミヤマキリシマの枝の上に取り残されて、寂しがり屋のアルミかん太は、ビン子や鉄缶さんを懐かしく思い出していた。ミヤマキリシマの花はうっとりするほどきれいで、いくらかは慰められるのだけれど、話相手にはなってくれないで、ただニコニコと微笑んでいるだけだったのでアルミかん太はすぐにあきてしまった。

 何度か夜が来て朝がきた。ある朝、こに谷にすむカラスのお母さんがやってきて、キラキラ光るアルミかん太を見つけた。

「これは素敵な輝きだこと。家へもって帰れば、きっと子供たちも大喜びよ」

 そういってアルミかん太をくわえようとしたのだけれど、何せ太くてくわえにくく、何度も試すうちにとうとうミヤマキリシマの枝から落としてしまった。カラスのお母さんは残念そうに一声カァ−と鳴くと、どこかへ飛んでいってしまった。アルミかん太は崖をカランコロンと大きな音を立てながら、ずっと下の境川の谷のほうまで落ちていった。

 谷底には水はなく、ふかふかの青い苔のじゅうたんと、サルオガセのカ−テンがあって、まるで誰かのおうちのようになっていた。アルミかん太はそのふかふかのじゅうたんの上に落ちた。少したって、あたりの暗さにようやく目がなれた時、アルミかん太はすぐそばにビン子と鉄缶さんがいることに気がついた。
 ビン子は苔に包まれた石に寄りかかるように立っていて、鉄缶さんは腐った木の葉のいっぱい交じった柔らかそうな土に、体の半分が埋もれるようにして横たわっていた。あの時、腕白な子供たちになげ捨てられて、この谷底まで落ちてきていたのだ。よく見るとビン子は口のところがなく、鋭いガラスの割れ口をのぞかせていたし、鉄缶さんは、土に埋まっていたのではなく、その部分は落ちたときのショックで凹んでしまっていたのだ。

 それでも、ふたりはアルミかん太を見て、微笑んでくれたし、ほんの何日か離れていただけだったけど懐かしくて、胸がいっぱいになっていた。こんな寂しい、谷底に落ちてしまったみんなは、お互いに寄り添って励まし合っていくしかないことを感じていた。

 アルミかん太ははずかしそうに、それでも勇気を持って

「ビン子、鉄缶さん、自動販売機の中では生意気なことばかり云ってしまって、ごめんなさいね。許してください。そして僕もここの仲間に入れてください」

と呼びかけた。

 割れてしまったかわいそうなビン子は、自分の姿がはずかしくて、うつむいてしまったけれど、代わりに鉄缶さんが

「いやあ、お互いとんでもないことになったものだよ。ここは薄暗いし、せまっ苦しいのはしょうがないけれど、いろんな友達がやってくるし、結構楽しくやれそうだよ。ビン子は可哀想に割れてしまって、口がきけなくなってしまったけれど、アルミかん太が来てくれたのを、喜んでいるさ。わしはビン子の友達には、ちょっとばかり年を取りすぎているものな」

そんなことを云って笑っていた。

 確かに、いろんな友達がこの谷にはいるようだった。時には風に乗って日向の草むらの匂いがしてくることもあった。きっとすぐ近くにススキやカヤの草原があるのだろうと、これも鉄缶さんが教えてくれた。この谷は、そんな草原と草原をつなぐ廊下かトンネルのようになっていて、だからいろんな山の友達が通りかかるようだった。

 初めにヤマネの子供がやってきた。あちらを舐め、こちらを舐めしながらやってくると、アルミかん太を見つけてペロペロと舐め回した。くすぐったいのを我慢していると、アルミかん太の口についていたジュ−スの甘味を見つけて、だんだん口から中へと舐めようと顔を突っ込んでくる。あんまり突っ込んできたもんだから、とうとうアルミかん太の口でヤマネの耳が少し切れてしまった。

「イタ−イッ」

と云って飛び上がったヤマネの子供は、怒ったように鼻でアルミかん太を押すと耳を査擦りながら行ってしまった。

 あんまりその様子がかわいらしかったので、みんなで大笑いした。その拍子に、こんな薄暗い谷底も案外楽しいものだと、アルミかん太は何かしら浮き浮きする様な気がした。

 次にはオオヤスデがやってきた。オオヤスデは貨物列車のような長い体と、たくさんの足をくねくね動かしながらやってきた。アルミかん太を見つけるとぐるぐる周りを回って様子を見た後、

「これはねぐらに丁度よい」

と云ってアルミかん太の口から入ってきた。 まっすぐには入れないで、貨物列車の一つ一つの貨車を、上にしたり斜めにしたりして苦労して半分ほど入ったのだけれど、その拍子にアルミかん太がぐらりと動いてしまったのでオオヤスデは慌てで

「こりゃ大変だ。何だこのねぐらは動くじゃないか。天地が引っ繰り返るじゃないか」

と、又々苦労しながら、はい出て、行ってしまった。

 今度はカヤネズミのおばさんが忙しそうにやってきた。そこいらのサルオガセの乾いたのを持てるだけ両手で集めて、それでも足らずにアルミかん太に乗っかった。もっと上のほうのサルオガセを取ろうと伸び上がった途端、自分の体についていた草の実か何かが落ちて、アルミかん太の体にあたってカンと音をたてた。カヤネズミのおばさんは飛び上がって何もかも放り出すと、あっと云う間にどこかへ消えてしまった。しばらくして恐る恐る現れたおばさんは、アルミかん太をこわごわ見回して、口のところからのぞいてみた。ぴかぴかのアルミかん太の体の中に自分の顔が変にゆがんで写っていたので、又々飛び上がって一目散に駆け出してしまった。アルミかん太は今度もうれしくなって大笑いだった。でもこのままではいつまでも新しい友達はできないなと気が付いて少し悲しかった。

 ある良く晴れた、その割には涼しい日だった。ちっぽけな、それもよれよれの羽根をしたおかしな虫がやってきた。カネタタキだった。秋がやってきて虫達はそれぞれに鳴き競って、カネタタキの仲間も「カンカン」と鐘を叩くような音で鳴いていたけれど、よれよれのカネタタキは小さな音でしか鳴けずに、仲間に馬鹿にされて仕方なく草原をぬけ出してここまでやってきたのだ。カネタタキは初めに鉄缶さんを見つけてお辞儀をした。

「やあ、おじさん、よい天気ですね。僕を仲間に入れてくれますか」

 そんなお愛想を云った。

 ビン子を見つけると

「あなたは怪我をしていますね。僕といっしょだ。僕はね生まれたときからこんなに羽根がよれよれで、それで誰にも相手にしてもらえないんです。失礼ですがあなたは友達になってくれますか。」
そう云って優しくビン子を撫でてやった。

 アルミかん太は今か今かと自分を見つけてくれるのを待っていた。カネタタキはアルミかん太の口を見つけると半分顔を突っ込んで中を見、そして外を見上げて

「やあ、素敵なお部屋ですね。どうですわたしに住まわせていただけませんか。ちゃんといつでもきれいにしておきますから」

アルミかん太はそれはそれはうれしくて飛び上がりそうだった。

 その夜、月が出てこの谷底にも少しだけ月の光が差し込むとカネタタキが鳴きだした。それがアルミかん太の体に響いて大きな音でそこいらじゅうに響くのだった。

 カネタタキは驚くやら喜ぶやら。

「ありがとう、ありがとう。あなたですね僕の声を響かせてくれてるのですね。よれよれの僕にはこんな大きな声は初めてだ。草原のみんなに聞かせてやりたいくらいですよ」

 アルミかん太に何度も何度も礼を云いながら、ますますはりきって鳴き続けます。アルミかん太は少しうるさかったのだけれど、カネタタキがあんまりうれしそうだったので、我慢して聞いてやった。

 カネタタキの声はアルミかん太の体のおかげで草原のほうまで流れていき、そのおかげでかわいらしいお嫁さんもやってきた。
 カネ
タタキはますますはりきって

「カンカン、カンカン」

と鳴き続けて、アルミかん太の体はいつもピリピリと震えるほどだった。

 秋が過ぎて、鶴見山に霧氷の花が咲く頃、アルミかん太たちの谷には雪が降り積もって、ビン子や鉄缶さんも雪に埋もれてしまい、アルミかん太は誰とも話が出来なくなってしまった。あれほど楽しそうに鳴いていたカネタタキもお嫁さんと一緒にどこかへ云ってしまうし、アルミかん太は寒くて暗い冬を一人で過ごした。

 待ちに待った春がやってきて、暖かい日にはどこか遠くで、ウグイスが鳴く練習を始めたのが聞こえてくるようになった。アルミかん太たちの谷にもようやく日の光が差し込むようになり、やがて雪が解け始めた。アルミかん太は一日も早くみんなの顔が見たくてうずうずしていた。
 でも、春は決してアルミかん太の喜ぶ春ではなかったんだ。雪が解けてあたりを見回すと、まず、ビン子がいなかった。よく見ると粉々に砕けている。今はただのガラスのかけらになって、そこいらに散らばっているのだ。

 鉄缶さんはと見ると、ぼろぼろになっていて、今はもうどこが鉄缶さんで、どこが谷間の土か分からないほどだった。

 鉄缶さんは微かな声で

「驚かせてすまなかったな。こうなることはわしもビン子もわかっていたんだが、どうしても云えなくてね。
 わしはどうやらお別れが云えてうれしいが、ビン子は可哀想に何も云えずに行ってしまった。
 ビン子の体の中には雨水が溜まっていたろう。あれが凍ると膨らんでビン子の体を壊してしまったんじゃ。わしはいつかおまえが云っていたように、傷がつくとそこからさびてしまうんじゃ。だから、冬の間にこんなになってしまった。わしたちだってガラス工場や製鉄所に戻されれば、もう一度また人間の役に立てるのだが。

 でも、わしたちは悲しくも寂しくもないんだよ。こうやって生まれ故郷の土に戻っていくのさ。いつかまた遠い先に、もう一度鉄やガラスになって生まれかえればまた、アルミかん太とも話ができるじゃろう。今わしの体の下で小さな草が芽を出した。これが大きくなっていつの日か花を咲かせて、その花が、きっとこのわしの体の色を写してくれるじゃろう。その時は思い出しておくれ。さようなら」

そう云い残すとカサリと音を立てて、もう今は土と見分けがつかなくなってしまった。

 アルミかん太は一人残されて、自分の丈夫さやさびないことや、いつまでたってもピカピカ光っていることが悲しいことだと思った。

 ちゃんと空になったらすぐに工場に戻して貰えれば、何度も何度も使えるけれど。こうやって山に捨てられてしまうと、ビン子や鉄缶さん達のように土に戻ることもできず、いつまでもいつまでも一人で暮らさなければならない。そんな悲しいことってあるだろうか。せっかくの春の陽射しもアルミかん太には悲しい日々の始まりだったんだ。

 境川の谷にツバメが飛びかうようになった頃、アルミかん太にやっと、うれしい日がやってきた。

「ここだここだ、このピカピカのおうちだ。やあ、こんにちは。僕達カネタタキの兄弟です。お父さんもお母さんも冬の間に死んでしまいましたけど、卵の中で寝ていた僕達に、あなたの親切を何度も何度も話してくれたんです。春になって。そこの草原で生まれて、やっと今日巡り合うことができました」

口々にそんなことを云いながら、カネタタキの子供たちが大勢でやって来たのだ。

 それから、カネタタキ達は鳴く練習をしたり、草原の出来事を代わる代わる話してくれたりして、アルミかん太は楽しい日々を過ごした。

 そして飛びかっていたツバメが南の国へ帰る支度を始めた頃、大勢の人間の声を聞いた。そのうち、足音が近づいてきてアルミかん太を見つけた。

「やあ、こんなところにも落ちているぞ。去年もここを通ったのに気がつかなかったな。しょうがないもんだ、誰がこんなところまでやってきて、缶を捨てていったんだろう」

そう云う声を聞きながら、アルミかん太は拾い上げられた。

 中にいたカネタタキ達が驚いて飛び出したが、

「おっと、こりゃカネタタキがこんなに入っていたぞ。ごめんよみんな、でもこのアルミ缶はおまえ達の家でいるよりも、帰らなきゃいけないところがあるんだ。
 俺達は毎年この山に入って、山をきれいにして歩いているんだ。山の中ではおまえ達のねぐらくらいにしか役にたたないんだが、これで工場につれて帰れば、また立派な飲物の容れものなるんだ。許しておくれよ」

 そう云いながら、カネタタキ達をそっと地面に戻して、アルミかん太を大きな袋に入れた。せっかくカネタタキ達が来てくれて楽しかったのに、お別れなんて寂しかったけれど、これでアルミかん太はまたもとの役に立つ缶に戻れるのだからと自分をなぐさめ、小さな声でそっと

「さようなら、みんな。さようなら、鉄缶さん。さようなら、ビン子。」

と別れを告げた。

 次の年春が来て鶴見山の頂上ではミヤマキリシマの花が満開になった。山の自動販売機の中ではアルミかん太が自慢そうに話している。

「僕のこの素敵な体を見てくれたまえ。ピカピカと光り輝いてなんて美しいのだろう」

 その年の秋の満月の夜、あの境川の谷のみんなの暮らしていたところに、カネタタキの仲間がたくさん集まって鳴き競っていた。あの鉄缶さんの消えた場所には、こんな谷底には育つことがないはずのワレモコウが、丸いかわいらしい花をたくさんつけていた。そして、その花は鉄缶さんが約束したように鉄さび色をしていた。

 そして、すぐその傍のあのビン子のいた場所には、きらきらと光り輝くトパ−ズの砂が月の光を溶かしていた。

おわり

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