童話



 
ドンベ

井手口良一

アフリカの大草原の真ん中、ひとりぼっちのゾウがいま
した。名前はドンベ。アフリカゾウのドンベです。気持ち
のやさしいゾウでした。

ドンベは群れからひとりだちしたばかりのまだ若い男の
子のゾウです。ひとりぼっちでも、とっても元気でした。
群れからひとり立ちできたことが、うれしくて、うれしくて
しようがなかったのです。

ひとりになったことは、すこしは寂しかったのですが、好
きなことがなんでもできると思うと、なんだかうきうきして
くるのです。

・・・・たくさん歩いて、おなかがすきました。美味しそ
うな葉っぱの茂ったアカシアの木を見つけたドンベは、柔らか
そうな葉っぱの付いた枝に鼻を延ばして食べようとしました。

その時です。

「もしもし、ゾウさん、ゾウさん」

かすかな声が聞こえました。ハタオリドリのおかあさんでした。

「お願いです。どうか、この枝をたべないで。わたしのかわいい
こどもたちが、まだおうちの中にいるんです」

 なるほど、その木の枝には、たくさんのハタオリドリの巣が、
ぶら下がっていました。

ドンベの大きな耳を近づけてみると、たしかにヒナたちのお母さ
んを呼ぶ声が聞こえてきます。

「ゴメン、ゴメン。気がつかなかった」

ドンベは枝から鼻をはなすと、そおっと、その木から離れました。

 ドンベはまた、遠くまで歩きました。おなかはもうぺこぺこです。
今度はみずみずしいエレファント・グラスの草むらがありました。
ドンベは喜んで、そばに走っていき、食べようと鼻をのばしたその
時です。

 またかすかな声がします。

「もしもし、ゾウさんゾウさん」

こんどはジリスのおかあさんでした。

「お願いです。この草むらを食べないで。草の下にはわたしのこど
もたちがねむっているんです」

ドンベは、思わずそおっと、うしろに下がっていいました。

「ごめん、ごめん。気が付かなかった」

ジリスの巣が壊れないように、そおっと、そおっと草むらから離
れました。それでも、何度も何度も、草むらを振り返り、大きなため
息をつきました。

「これは困った。なんにも食べることができないじゃないか。おなか
がへったよう」

次の日も、その次の日も、ドンベは何も食べていません。食べ物の
草や木の枝を見つけても、それがみな、だれかの巣に見えて、食べる
ことができなくなったのです。

ドンベはとうとう、広い草原のまん中に倒れてしまいました。おな
かがへって、へって、立っていられなくなったのです。

暗くなった草原のどこかから、心細いドンベを笑っているような声
が聞こえてきます。エサを探して歩き回っているハイエナの声でした。

 ・・・・いつのまにか眠っていたのでしょう。気が付くと空はもう
すっかり明るくなっていました。雨が降ってきたらしく、冷たい雫
(しずく)がまぶたを濡らしたので、ドンベは目が覚めました。

 空は真っ青に晴れていました。まぶたを濡らしたのは雨ではありま
せんでした。それはたくさんのハタオリドリたちが,小さな木の葉を
濡らして運んできた水でした。倒れているドンベを心配して、運んで
きてくれたのです。

目は覚めましたが、ドンベは立ち上がることが出来ません。すると
寝そべったままのドンベの目の前に、なにか小さなかたまりが転がっ
てきました。ドンベの目の前まで転がってくると、かたまりのうしろ
から小さな虫が現れました。

「ウオッホン。わしはスカラベというもんじゃ。まあ、口の悪い連中は、
陰でフンコロガシのじいさんと呼んでいるらしいがな」

「おまえは困ったやつじゃな。実に困ったやつじゃ。草原中のみんなに
心配をかけて。困ったやつじゃが、いいやつでもある。いいやつなんで、
この草原のみんなが、おまえのことを心配していたんじゃ」

「このわしが特別に作ったクスリダマを食べてみろ。元気が出るぞ。
心配しなくてもいい。シマウマの糞(ふん)なんかじゃないぞ」

 そんなことをひとりでしゃべりながら、そのスカラベという小さな虫
は、緑の丸い草のかたまりを、また後ろ足で転がして、ドンベの口に押
し込んでくれました。

 なんともいえない良い香りが口の中に広がりました。噛んでみると、
さわやかな風が口の中をふきわたるような、良い味がします。

ドンベにとっては、小さな小さなクスリダマでしたが、そのひとつで、ほんとうに少し元気が出たような気がしました。

するとどうでしょう。今度はあたりの空がまっくらになりました。こ
れまで見たこともないほどたくさんの、ハタオリドリたちでした。

ドンベの寝ている真上まで飛んできては、くわえてきた小さな木の葉
や草をドンベの前に落として、また戻っていきます。

地面でも不思議なことが起きました。たくさんの草のボールがコロコ
ロころがってドンベの前までやってきます。ジリスたちが、草をまるめ
て、運んできてくれたのです。

「みんながお前のために運んできたんじゃ。ゆっくり食べるんじゃぞ」

スカラベがそう教えてくれました。

みんなが運んでくれた木の葉や草を、ドンベはゆっくりゆっくり噛
(か)んでは、のみこみました。

 その日、お日様が沈み始めるころ、ドンベは立ち上がることができま
した。ドンベの小さなともだちみんなの喜ぶ声が、風に乗って草原に、
遠くまで響いていきました。

 それからずうっと、こころのやさしいドンベは、草原の小さな仲間た
ちと、いつも一緒になかよく暮らしたとさ。

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