童話



サルとサンショウウオと両郡橋

その一、
 むかしむかし、速見郡(はやみごおり)と大分郡(ごおり)ん境に鳴川(なるかわ)ちゆう名ん川が流れちょった。こん川には橋がなかった。人だちゃみんな高崎山ん裏んを通 って行き来をせにゃならんかったそうじゃ。
 こん川は小(ちい)せえ川で、銭亀峠(ぜにがめとうげ)ん直ぐ下ん赤松ん里から湧き出ち、高崎山ん影ん映っちょる海に注いじょった。何せ急な坂を流れ下っちよるんで、ゴウゴウと山が鳴るごたある大きな音を立てて流るる暴れ河じゃった。それで近くん赤松ん里ん衆(し)だちゃ、こん川を鳴川ち呼んじょったちゅうわけじゃ。

 高崎山んてっぺんには、大分郡(ごおり)んお城があっち、そこから鳴川ん側は一枚屏風ん急な崖になっちょった。そこは人はだあれん登れんほどじゃったんで、こん山に住んじょるサルだちゃ、こん鳴川ん崖に生えちょる木々をねぐらにしちょったそうじゃ。橋ん無え鳴川もサルだちゃアケビやアカグチカズラを伝って、わけのう渡れる。赤松ん里まで来ちゃ、カキを盗んだりタケノコを掘ったりしち、悪さんじょうしちょった。それでも赤松ん里んしだちゃ、とうてん優しい衆(し)ばっかりじゃったから、カキやタケノコぐらいなら怒りもせんじゃった。かえって餌ん少のうなる冬には、トイモやトウキビをサルだちに分けてやるほどじゃった。

 ところで赤松ん里には鳴川ん源(みなもと)になる泉があった。そこは緑色の深い沼になっちょっち、そのあたりにはサンショウウオがようけ棲(す)んじょった。サンショウウオは普段は沼ん廻りにおっち、枯葉やん生えた石ん下なんぞに暮らしちょる。年に一度、里に梅ん花ん咲く頃、泉に入っち卵を生むんじゃ。そして桜ん花ん咲く頃になると、サンショウウオは卵から生れ出る。生まれたサンショウウオん子供らは、用水を通 って田植ん終わったたんぼに流れ込み、稲を食う悪い虫を食って育つ。その上、サンショウウオがたんぼん中をはいまわって泥をかきまわすんで、水草も生えんというわけじゃ。そんなわけでこん赤松ん里は速見郡(はやみごおり)で、一番米んとれる豊かな里じゃった。もしサンショウウオがおらんようになったら、稲を食う虫は殖(ふ)えるし、水草は生えるしで、大事な米が取れんようになる。赤松ん里んだちはサンショウウオを、それはそれは大切にしちょったちゅう。

 ある年、赤松ん里ん苗代ん苗が青々と育ちはじめた頃、速見郡の郡代(ぐんだい)が重い病(やまい)になった。お医者が云うにはサンショウウオを黒焼きにして干したもんを、煎じて飲めば直るちゅうことじゃった。郡代役場は八方にお触(ふ)れを回して、サンショウウオん黒焼きを集めようとしたが手に入らん。とうとう赤松ん里にもお触れが来た。里んサンショウウオを残らずまえて、黒焼きにして差し出せというんじゃ。

 里んだちは、とおてん困っちしまった。お触れにわなければ、きつうられるじゃろう。といってサンショウウオを殺してしまんは、むげねえことじゃ。それにサンショウウオを殺してしまえば、稲を食う虫が増える。たんぼに水草が生える。そうなったら大事な大事な米が、取れんようになるかもしれんのじゃ。

 里んだちが困り顔で相談をしちょるのを、たまたまタケノコを掘りに来ちょったサルだちが耳にした。サルは山に帰って長(おさ)をしちょる、年寄りんサルにそんことを話した。何とか日頃の里ん衆(し)だちん親切に、報いることが出来んかと話し合ったんじゃ。長老のサルはしばらく考えちょったが
「そうじゃ、サンショウウオん代りに、わしらん造った酒を差し出せばいいんじゃ。あん酒は山ん神様から教えてもろうたもんで、どげな病気にもよう効く。きっと郡代ん病気もようなるはずじゃ。酒を竹ん筒に入れて、里ん衆(し)に持っていっちゃれ」 とゆうた。

 次ん日ん朝、里外れん六地蔵ん脇(ねき)に、大けん竹ん筒が置かれちょるのを里ん衆(し)が見つけた。里ん衆(し)が駆け付けちみると、今までに嗅いだこともねえ、いい匂いんする酒が入っちょる。飲んでみると、何とも体ん中が、すみずみまで洗われるようになる。体ん中ん奥ん方から、力が湧いてくるような気がする。
「これは昔から云い伝えられちょる、猿酒に違いねえ。きっと、わしらん困ちょるんを知って、サルどうが持って来てくれたんじゃ。これを飲めば郡代様の病(やまい)もようなるにちがいねえ」
 里ん長は猿酒をひさごに移しかえて、サンショウウオん黒焼きん代りに、郡代役場まで差し出した。郡代は半信半疑ながらも藁(わら)をもつかむ思いで猿酒を飲んだ。 するとどうじゃろう、郡代は見る見る元気になっち、赤松ん里で田植えが始まる頃には、病は嘘んようにようなった。

 郡代は大喜びで、早速里長を呼び出した。

「ああ里長、わしの病はこれこのように良くなったぞ。その方が持って来てくれた猿酒のおかげじゃ。猿酒を諸国に売り出せば、豊後ん国んの名物になるぞ。わしは大もうけできる。猿酒をもっとたくさん造って持って参れ」
「郡代様、ご勘弁下さい。猿酒は高崎山んサルが造っちょるもんで、わしだちには、どげんして造るか判りません」
「ならぬ、勘弁ならんぞ。造り方が判らぬならば、サルたちのねぐらに行って、木と云う木を切り倒して捜せばよいのじゃ」
「木はサルだちんねぐらじゃし、若芽は餌になります。木を切られたらサルだちは生きてゆかれません。それにサルたちは鳴川ん向うに暮らしちょります。鳴川には橋がかかっちょりませんので渡ることもできません。川ん向うは高い高い崖になっちょっち、とてもわしらには登ることも出来ません。どうかご勘弁を」
「橋が無いのなら掛ければ良かろう。赤松ん里んもの皆で、鳴川に橋を掛けよ。できぬ というなら今年の年貢は倍増しにするぞ。橋ができたら知らせて来い。わしが直々に猿酒を捜しにいく」

 さてさて、赤松ん衆(し)だちはこまっちしまった。折角、サルだちが親切に猿酒を持ってきてくれて、おかげで郡代の病気が良くなったちゅうに、郡代は欲を出して、猿酒をもっと欲しいと云う。鳴川に橋を掛けろちゅうが、あんな暴れ河に橋など、どげんして掛けられようか。それに、もし橋が掛けられたとしたら、郡代様は猿酒を捜すためちゅうて、サルだちん、ねぐらん木を残らず切り倒してしまうじゃろう。それじゃあサルだちは、きっと生きて行かれん。サルだちん親切に申し訳が立たんことになる。
 とはいえ橋を掛けられんと年貢が倍増しになるちゅう。そげんことになったら、赤松ん里はどげえして生きてゆかれようか。里ん衆(し)だちは集まっては、またまた困り顔で相談を続けてちょった。
 それを赤松ん泉ん主が聞いた。泉ん主はあっちあられんねえ大けなオオサンショウウオで、こん泉に大昔から住んじょったんじゃ。 オオサンショウウオは話しを聞いて腹あ立てた。
「サルだちん猿酒んおかげで、こん泉んサンショウウオだちゃ、黒焼きにされんですんだんじゃ。じゃが、そんために里ん衆(し)も困ったことになったし、サルだちも恐ろしい目にあわさるるかもしれん。悪りいんは郡代じゃ。ここはひとつわしが、サルだちに恩返しをせにゃならんじゃろう」 (続く)

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