童話



  タンポポが咲いたよ

井手口良一

 ある春のあたたかい日、ふみきりのすぐ横の小さな空き地にタンポポが咲きました。
タンポポはたった一輪だけでさみしかったのですが、それでもタンポポのまかされている仕事のことは
忘れていませんでした。

 タンポポははりきっていたのです。がんばってがんばって、まわりのみんなに笑顔を見てもらうんだ。
タンポポを見てくれるみんなにも笑顔になってもらうんだ。元気になってもらうんだと考えていたのです。

 でも、だあれもタンポポに気がついてくれませんでした。電車が来てふみきりがしまっている間も、
まっている人はいっぱいいるのに、気がついてくれないのです。

 小さな犬がそばまでやってきました。タンポポははりきって笑顔を見せたのですが、
犬は少しも気がつかないまま、行ってしまいました。

 タンポポはそれでもいっしょうけんめいです。電車が通り、ふみきりがしまるたびに、
いつかはきっと誰かが、ここにタンポポがいることを知ってくれることを信じていました。
風の日も雨の日も、あふれるばかりの笑顔でふみきりをわたる人たちを見つめていました。

 何日も何日もたちました。そしてタンポポの待ちに待った日がようやくやってきました。
はじめにタンポポに気がついてくれたのは、やさしそうなおばあさんでした。

「おや、こんなところにタンポポが咲いているよ。今まで気がつかなかったね。ごめんね」
 そんなことをいいながら、タンポポのそばまで来てくれました。
おばあさんは小さな男の子をつれていました。その子はようちえんのせいふくをきています。

「かあくん、見てごらん。こんなところにタンポポが咲いているよ。かわいいよ」
「ほんとだね。かわいいね。笑っているね」

かあくんとよばれた男の子は、タンポポが笑っていることをわかってくれたのです。
 タンポポはそれはそれはうれしくなって、もともっと笑顔になりました。
するとかあくんも、手をたたいて喜んでくれました。

「ばあば、タンポポちゃんがかあくんに笑ってくれたよ」
 ふたりはタンポポの前にしばらく、しゃがんでお話をして、そして帰っていきました。
「また来ようね」
そんな声が聞こえて、タンポポはうきうきしていました。
 次の日も、またその次の日もばあばとかあくんはやってきました。
そしてしばらく、タンポポの笑顔を見ながら、お話をして帰っていきます。

 楽しい日はたつのが速いのでしょうか。
いつの間にか、さくらがちり、ツバメが高く低く飛ぶようになりました。
いつものようにばあばとかあくんがやってきました。でも、その日、タンポポの笑顔はありません。
タンポポの花がわたぼうしになっていたのです。

「かあくん、わたぼうしを吹いてごらん。タンポポの赤ちゃんたちがいっぱい空に飛んで行くよ」
「ふうん。このわたぼうしはタンポポちゃんの赤ちゃんたちなんだ」
 かあくんはそういいながら、タンポポのそばまでやってきて、タンポポのわたぼうしに手をのばしました。

でも、わたぼうしをつむのをやめて、ばあばの方をふりむいて言いました。

「ばあば、タンポポの赤ちゃんをお空に飛ばすのはやめようよ」
「おや、どうしてだい。ふうってふいてあげるだけで、赤ちゃんたちはお空に飛んでいけるんだけどね」
「だって、このタンポポちゃんはひとりでさみしいっていってるよ。
だから赤ちゃんたちはみんな、このタンポポちゃんのすぐそばで大きくなればいいんだよ」

 ばあばはもう何にも言いませんでした。そして、かあくんをやさしくだきしめながら、頭をなでました。
タンポポはうれしくてたまりませんでした。かあくんとばあばのやさしさがうれしかったのです。
それになにより、このつぎの春にはきっと、たくさんの子どもたちといっしょに咲くことができるのですから。

 ふみきりのまわりにもアカトンボがたくさん飛ぶようになり、ツバメが南のほうの国へ旅立って行きました。
そして突然、ばあばとかあくんはふみきりを通らなくなりました。

「花がなくなって笑顔を見せてあげられなくなったんで、きらいになったんだろうか」

「もしかしたら、かあくんが病気になってしまったんだろうか」
 タンポポはさみしいやら、悲しいやら、心配やらで、つらい日々を送るようになりました。

 その日はとても寒い日でした。タンポポがかじかんだ葉っぱを、ようやく上ってきたお日様の光で暖めていると、
男の人と女の人がやってきました。
ふたりははじめからそこに、タンポポがいることを知っていたように、まっすぐやってきて、タンポポを見つけると、ふたりで顔を見つめあってうなづきながら、帰っていきました。

 その次の日から、ふたりのうちのどちらかがが必ずタンポポを尋ねてくるようになりました。朝早い時間に来たり、夜暗くなってから来たり、たずねてくる時間はいつも違うのですが、
来ると必ずタンポポのまわりをきれいにしてくれたり、天気の続く日には、水をまいてくれたりしてくれます。
タンポポはふしぎに思っていました。

 ある日、男の人が言いました。
「ばあばが病気で入院したんだ。それでかあくんは幼稚園から保育園に移ったんだ」

 ・・・・タンポポの花が咲いて、また笑ってくれるようになれば、ばあばの病気がきっとよくなる。
ぼくが行ってタンポポを守ってあげるんだ・・・・

「かあくんはそういうけど、かあくんひとりではここまでこれないから、わたしたちがかわりにくることにしたんだ」 ふたりはかあくんのお父さんとお母さんだったのです。タンポポはうれしくて、うれしくてたまりませんでした。
でもばあばの病気が心配でした。かあくんがさみしがっていることも心配でした。

 でも今のタンポポには何もできません。
早く春になって花が咲いて、また笑顔を見せてあげられるようになることを待つしかありませんでした。

 ウメの花が咲き、サクラが咲き、そのサクラも散り始めた日のことです。その夜、かあくんは眠れませんでした。
だって、ばあばの病気が治ったのです。
あしたの朝には、ばあばを病院にお迎えに行って、いっしょにお家に帰ってくるんです。

「ばあばがお家に帰ってきたら、タンポポちゃんに会いに行くんだ。」
「タンポポちゃんはもう咲いているかな。前にように笑ってくれるかな」
「赤ちゃんたちは大きくなっているかな」
いろんなことが次から次に頭に浮かんできて、その夜、かあくんはなかなか眠れなかったのです。

 次に日の朝、とてもよい天気の中、かあくんはおとうさん、おかあさんといっしょにばあばをお迎えに行きました。帰り道、あのふみきりで、ばあばとかあくんは車をおりました。
タンポポに会いに来たのです。
 かあくんは心配でした。冬の間じゅう、一度も会いに来ていません。
タンポポがどうなっているか、わからなかったからです。

 タンポポはどうなっていたでしょう。
ばあばもかあくんもびっくりして、声も出ないまま、立ちすくんでしまいました。
そこには数えきれないくらいのタンポポが咲いていて、どのタンポポもみんな、ふたりに笑いかけてくれていました。

 かあくんのおとうさんとおかあさんは、少しはなれたところにいました。
そして、びっくりして声もでないでいるばあばとかあくんを、うれしそうにほほえみながら見つめていました。


おわり