童話



  ドングリ山の大事件

井手口良一

 

 ドングリ山をあらしが通り過ぎていきました。真っ黒な雲がかかり、いなびかりや雷の音といっしょに,ものすごい雨が降ったのです。そのあらしの次の日のことでした。

「たいへんだあ、たいへんだあ。スージーが泣いているよ」

あわてもののドングリスが大きな声でそういいながら走ってきました。いつもの仲間たちがあわてて集まってきます。

「どうした、どうした」

アラドンがまず聞きました。

「どうしたって言うんだい」

クヌボーもそう聞きました。クヌボーの声は、こんな時でもやっぱりのんびりしています。

「スージーが泣いているって。どうして泣いているんだい」

コナランがそう聞いて、みんながうなづきました。

「えっ。そうだ。泣いている理由は聞かなかった」

ドングリスは頭をかいています。

「なあんだ。やっぱりそうか。あわて者のドングリスのことだ。一番肝心なことは聞かずに来てしまったんだな」

「じゃあ、みんなでスージーのところにいこう」

 スージーはドングリ山のふもとにいました。そして、みんなの顔を見るともっと大きな声で泣き出しました。

「おじいちゃんが死んじゃう」

スージーはそう言っているようです。仲間たちはびっくりして声もでません。みんなでおじいちゃんの所へ走り始めました。

 みんながおじいちゃんと呼んでいるのは、ドングリ山のてっぺんに生えている大きな大きなクヌギの木のことです。みんな走って登ってきたので息が苦しかったんですが、それよりもおじいちゃんのクヌギの木を見たとたん、誰もが息が止まるほどでした。

 その大きな大きなクヌギの木は、いつもは枝をドングリ山のてっぺんの広場一杯に広げて立っているのに、今は倒れて横になっているのです。

「いやいや、みんな来てくれたのか。ありがとう、ありがとう。驚かしてすまんな」

おじいちゃんのクヌギの木は、か細い声でお礼を言いました。

「どうも雷がわしの体に落ちたようじゃ。ないがなんだかわからなかったんじゃが、目の前が真っ白になったかと思うと、今まで聞いたこともないような大きな音がして、気がついたらわしは倒れておったんじゃ」

「スージーが夕べ大きな音を聞いたからといって、登って来てくれたんじゃが、びっくりさせてしもうたようじゃ。ごめんよ」

 みんなはただおろおろするばかりです。

「おじいちゃん、死んじゃうのか。だめだよ。死んじゃだめだよ」

口々にそういいながら、とうとうみんなで泣き始めました。

「やあ、これは大変だ」

どのくらい時間がたっていたのかはわかりませんが、突然、なつかしい、たのもしい声が聞こえました。ドングリ銀行の頭取のたしよさんの声でした。たしよさんもドングリ山を通りすぎていったあらしが心配で来てくれたのです。
 たしよさんは大きな大きなクヌギの木の周りを何度も何度も回りながら、時々立ち止まってかがみこんだり、枝をつまんで背伸びをしたりしながら見てくれました。

「幹が裂けてしまっているから、自信はないが、もしかしたら助けてあげることができるかもしれない」

 早速、大きな機械と大勢の人がやってきて、大きな大きなクヌギの木をゆっくりと起こし、また倒れないように支えをたくさんこしらえてくれました。

「これがクヌギが葉を落とす秋なら、何とか助けてあげられただろうけど、今から暑い夏になる。むずかしいかもしれないな」

たしよさんは誰に話すでもなく、小さくそう言いました。そして、それから毎日、ドングリ山に登ってきて、おじいちゃんのクヌギの木のお世話をしてくれました。
 ドングリ山の仲間たちも、おじいちゃんのそばにいました。何かして欲しいことはないかとたずねたり、みんなで集まって何をしてあげようかと相談したり、いっしょけんめいでした。

 何日も何日もたちました。その日、いつものようにたしよさんが登ってくると、おじいちゃんがドングリ山のみんなにそばに来てくれるように言いました。

「みんなきてくれたかい。ありがとう。スージー、もう泣かないでおくれよ。そしてわしのはなしをきいておくれ」

「わしはもう眠くて、眠くてしかたがないんじゃ。たしよさんにお願いして、この支えの木をはずしてもらおうと思っているんじゃ」

泣かないでおくれと言われたスージーが一番最初に大きな声で泣き始め、他のみんなも泣きだしました。

「おじいちゃん、やっぱり死んじゃうのか。だめだだめだ。死んじゃだめだよ」

口々にそう言っては、大きな声で泣いています。

 おじいちゃんのクヌギの木は、やさしく笑いながら、自分の枝の先でスージーの頭をなで、それからみんなの頭をなでながら言いました。

「いやいや、困ったもんじゃ。わしは死ぬんじゃない。死んだりするものか。ただ、ちょっとの間、眠るだけじゃ。たしよさんがお世話をしてくれたおかげで、わしは助かったんじゃ。少しだけ眠らせておくれ。そうしたら、すぐにでもまた、お前たちといっしょに暮らすことが出来るようになる」

おじいちゃんのクヌギの木は少し苦しそうな、か細い声だったけど、しっかりとそういいました。

 たしよさんはまた、大きな機械と大勢の人を連れてきて、大きな大きなクヌギの木から支えをはずし、おじいちゃんのクヌギの木をゆっくりと寝かせるように地面に横にしました。

「なんとか大丈夫だったな。かみなりに当たったのでは無理かなと思ったが、さすがにドングリ山の主の木だな」

 たしよさんはそんな不思議なことをつぶやきました。泣いているみんなに聞かせるためだったのです。でもみんなにはそのことの意味はわからなかったようです。

 スージーはそれからも毎日ドングリ山のてっぺんに行きました。おじいちゃんのクヌギの木は、葉っぱを全部落としています。そのうえ、たしよさんが大きな音のするのこぎりで、枝を全部切ってしまい、今では太い太い幹だけになっていました。

 スージーはおじいちゃんの幹をなでてあげながら、やはり毎日泣いていました。その太い太いクヌギの幹も、たしよさんの大きな音のするのこぎりで短く切り分けられて、どこかへ持って行かれ、とうとうおじいちゃんのクヌギの木は、根っこの近くの切り株だけになってしまったのです。

「たしよさんはどうしておじいちゃんの木を切ってしまうのだろう。おじいちゃんは寝ているだけだといっていたじゃないか」

「たしよさんはおじいちゃんの木を助けてくれるって言っていたじゃないか」

 たしよさんはドングリ山のみんなの大切な人でしたが、今度ばかりはスージーだけでなく、ドングリスもアラドンもコナランも、クヌボーでさえ、たしよさんのしていることに文句を言ってしまいました。

 それからどれくらいの日がたったでしょう。

いつものようにスージーがおじいちゃんのクヌギの木の切り株のところに行くと

「いやあ、よく眠ったよ。スージーじゃないか。来てくれていたんだね。ありがとう」

なつかしい声がしました。

 その声は確かにおじいちゃんの声なのですが、どこか子どもの声のようにも聞こえます。

スージーはあたりを見回しました。何かの聞きちがいか、誰かほかの友だちがからかっているのかと思ったのです。

 いいえ、そうではありませんでした。あのたしよさんたちが切ってしまった切り株のところから、新しいクヌギの小さな木が生えていたのです。

 スージーはびっくりしました。そして、飛び上がるほど喜んで、ドングリ山を走って下りて行きました。もちろん、みんなに知らせるためにです。

 でも何と言えばいいのか、頭の中がいっぱいでわかりませんでした。

「おじいちゃんは本当に眠っているだけだったんだよ」

「おじいちゃんが目を覚ましたよ」

「たしよさんにありがとうってお手紙書こうよ」

色々な言葉がスージーの頭の中でぐるぐる回っていました。