童話



 
ゴンベは強い

井手口良一

 

 ゴンベは茶色の毛の長いミニチュア・ダックス犬です。小さいときから臆病で臆病で、大人になった今でも少しもよくなりません。どのくらい臆病かって、例えばある時は飛んできたチョウチョにびっくりして、三〇センチも飛び上がりましたし、別のある時は、お母さんがうっかり落としたスプーンの音にびっくりして、ゴンベは飛び上がった拍子に、テーブルで頭をいやというほど打ってしまったほどです。

 そんなゴンベを隣のネコのタローはいつもからかいにきます。タローは大きなシャムネコで、このあたりのボスネコです。ゴンベが怖がるのが面白がっています。別におどかしたり、怖がらせたりするのではありません。ゴンベが寝ているすきにそっと、そばに来て、長い尻尾でゴンベの顔をなでるのです。それだけでゴンベはびっくりして、震えあがって、自分の小屋に一目散に駆け込んでしまいます。そしてタローが行ってしまうまで震えているのです。
 時には、そおっとゴンベのすぐそばまで来て、突然
「ニャー」
と大きな声で鳴くこともあります。もちろん、ゴンベは飛び上がるほど驚いて逃げ出します。タローは喜んで、
「ニャー」
と得意げに鳴いて、尻尾を立てて、ゆっくりと帰っていきます。

 近所のプラタナスの木に住んでいるカラスもゴンベをからかいに来ます。カラスは庭の芝生の上で寝ているゴンベのすぐそばに小石を落としたり、わざとすれすれのところを飛んだりするだけですが、ゴンベはやっぱり、びっくりして、一目散に自分の小屋に駆け込んでしまうのです。

 家族のみんなは、そんなゴンベにあきれています。
「きょうもタローにやられているぞ。お前は猟犬だろう。少しは戦ったらどうだ」
とお父さんが言えば、
「またカラスが来てからかって行ったわ。本当に悔しいたら、ありゃしない」
とお母さんが苦笑いします。
こどもたちも
「友達みんながゴンベの臆病をからかうんだ。本当に恥ずかしい奴だよ」
とあきれています。

 そんなある日のことです。いつものように、芝生の上で寝ていたゴンベの目の前に、小さな生き物が落ちてきました。巣を飛び立つ練習をしていた、まだ十分には飛べない小さなスズメでした。
 ゴンベはいつものように三十センチも飛び上がると、自分の小屋に逃げ込んでしまいました。ところが、子スズメはゴンベを追いかけて小屋に入ってきました。
「チュン、チュン」
と高い声で鳴きながら、ゴンベの方に近づいてきます。ゴンベは後ろに下がるばかりで、とうとう小屋の壁にぴたりとくっついてしまいました。子スズメはそれでもゴンベをゆるしてくれません。どんどん近づいてきます。実は子スズメもゴンベが怖かったのですが、それでも大きなネコやカラスはもっと怖かったのです。

 子スズメはゴンベの足元にもぐりこもうとします。ゴンベは足を上げたり、腰を浮かせたりして、何とか離れようとしますが、子スズメは許してくれません。とうとう、ゴンベはあきらめて、壁にくっついたまま、寝転んでしまいました。すると、子スズメはゴンベのわきの下にもぐりこんで、気持ちよさそうに目を閉じています。どこか遠くで、この子を探しているらしいお母さんスズメが鳴いています。スズメの子は目を閉じたままですが、それでもお母さんの呼ぶ声に答えるように
「チュン、チュン」
と高い声を上げます。ゴンベはどうしていいのかわからないままに、しかたなく子スズメをわきの下に抱えたまま、小屋の中でおとなしくしていました。

 子スズメの声をたどって、親スズメがやってきましたが、さすがにゴンベの小屋に入ってくる勇気はないようです。しばらく心配そうに様子を見ていましたが、あきらめて飛んでいきました。そして、何か小さな虫をくわえて戻ってきました。その小さな虫をゴンベの小屋の入り口の置くと、子スズメをよびます。子スズメはその虫を喜んで食べると、また固まったようになって見つめているゴンベのそばまで来て、ゴンベのわきの下にもぐりこみ、気持ちよさそうに目を閉じるのです。

「オーイみんな、ニュースだよ。ゴンベのところにお客さんがいる」
その日の夕方、ゴンベのご飯を持ってきたおにいちゃんがスズメの子を見つけました。家族のみんなが飛んできました。ゴンベは恥ずかしそうに、そっとスズメの子を踏まないように気をつけながら、起き上がって小屋から出てきました。もちろん、スズメの子も付いてきます。ゴンベが食べているご飯のかけらが、芝生の上に落ちるのを待っていたように、それをついばんでいます。
「チュンチュン」子スズメの名前はお父さんの提案でそう決まりました。
「なんだか、そのままの名前ね」
お母さんもそういいながら笑っています。ゴンベはなんだか恥ずかしそうな顔をして、それでもチュンチュンをやさしい目で見つめるようになりました。

 それからもゴンベはいつものように芝生で寝ていましたが、そばにはチュンチュンがぴったりと寄り添っていました。時折、親スズメが食べ物を運んできて、ゴンベから少し離れた場所に落としていきます。チュンチュンはそれを食べる時だけ、ゴンベのそばを離れるのですが、食べ終わると急いでゴンベのそばに戻ってきます。

 ゴンベをからかいにきたシャムネコのタローがチュンチュンを見つけました。
「こいつはうまそうな子スズメじゃないか」
タローは芝生に飛び降りるとチュンチュンに気付かれないよう、ゆっくりと近づいていきます。親スズメも気が付いていません。そしてチュンチュンが親スズメからもらったごはんを食べようとした時、タローはチュンチュンめがけて飛び掛りました。
 その時です。ゴンベがタローに飛び掛ったのです。今度はタローがびっくりする番です。あわてて塀の上まで逃げ出してしまいました。塀の上から「ニャー」大声を出してみましたが、ゴンベは引き下がりません。チュンチュンを自分の足元にかばいながら、塀の上のタローをにらみながら吠えるのです。タローは不思議そうな顔をしながら、それでも仕方なくあきらめて行ってしまいました。

 その次の日はカラスがやってきました。カラスもひとりで遊んでいるチュンチュンを見て、捕まえようと降りてきました。ゴンベはこの日も、カラスに向かっていきました。びっくりしたカラスは、何度か急降下を繰り返して、ゴンベをおどかそうとしましたが、ゴンベはひるみません。カラスも首をかしげながら「カー」と一声鳴いて飛んでいきました。どこか近くから心配そうに見ていた親スズメが、早速飛んできてゴンベの目の前にチュンチュンの食べ物をおいていきました。なんだかゴンベにお礼を言っているようでした。

 タローもカラスもそれからも何度か、チュンチュンを捕まえようとしましたが、そのたびにゴンベに追い払われてしまいます。そんな日が続いたある日、チュンチュンが飛べるようになりました。そして、親スズメと一緒にどこかに飛んでいってしまいました。その日からチュンチュンは親や兄弟たちと一緒にどこかの木で寝るようになりましたが、昼間は毎日、ゴンベのところに仲間たちと一緒に遊びにやってきました。

 ゴンベは変わりました。いえ、ゴンベが変わったのではありません。ゴンベは今までどおりのゴンベなのです。変わったのは、周りのみんなでした。ゴンベがお昼寝をしていても、もうカラスもシャムネコのタローも、からかったりしません。タローは塀の上を歩く時もそおっと、ゴンベに気付かれない様に歩きます。カラスももう、ゴンベのそばまでやってくることはありません。

 それからまた幾日もたちました。今ではどのスズメがチュンチュンかゴンベにもわかりません。それでもスズメたちがゴンベの周りで遊んでいるのを、楽しそうに見守っています。スズメたちもネコやカラスからゴンベが守ってくれていることがわかっているようで、安心して遊んでいきます。スズメたちのそばで眠っているゴンベを見ても、タローもカラスもただ首をかしげて、通り過ぎていきます。そうです、ゴンベは強いんです。

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